第24回福岡筑紫地区福祉倫理研究会(通称:対話の会)のご報告


令和5年度の私たち一社)福岡・筑紫地区地域福祉支援協会(以後、CWSA)として、最初の対話の会が開催されました。

月末であり、年度末も近づいてきており、どこも忙しいなかでのご参加、誠にありがとうございました。

松田さんも、サービス管理責任者の養成研修終了後に駆けつけてもらいました。

こうやって、私たちの研修を担当してくれるみなさんは、自分の大切な時間を犠牲にして参加していただいていますが、担当する誰もが、それ以上のメリットも感じていただいていると思います。



今回のテーマは、「本人と家族の意見が一致しない方への支援」について。

相談支援の現場では、何かしら必ずと言って良いほど、誰もが直面する課題であり、ベテランであっても難しい問題です。

片方の意見を尊重すれば、もう片方の意見を無視することにもなりかねない、利益の相反関係状態における、相談支援の進め方について、まさに『答えのない』対話を行なっていきました。



年度末ということもあり、参加者が少ないなかでの対話でしたが、徐々に参加者も増えてきて、二つにわかれての対話が行われました。

お互いにどのような展開が行われたかはわかりませんが、「エンディングノートの意思と病気や障害の悪化時の本人の意思」「失敗する権利と保障」「ことばで表出された意志と、その裏にある本当の意志との相違の確認」「普段の関わりによる本人の人生観や性格の把握、アセスメントの必要性」「遺書こそが究極の意思表示」といった多岐に渡る対話が続けられました。

これらは、最初から答えがあったわけではなく、それぞれの参加者の体験から導き出されたものであり、私自身もはじめての内容に、一種の感動を覚えました。

親子だからこそのアプローチの難しさ。

私が、たとえば父の最期をどのように考えているのかを確認するときに、たとえばその場にきっと、母や妻、子を伴わないだろうな・・・それは、ひとりの息子として、父と向き合う必要があるのではないか・・・といった、普段はきっと気にすることのない『イエ』という概念もこの日本にとっては、大切な価値観なのかもなと、いろいろと考え込んでしまいました。


そうった親子関係において、第三者である私たちは、どのようなスタンスでいるべきなのか?まさに、ソーシャルワークを行う者として、『指示・指導・アドバイス』といったことばが、空虚にすら思えてくる内容でした。

私たちは、普段から「その人から教えてもらうといく気持ち、常に謙虚であるべき」であり、人を評価したりするのではなく、「その人たちに決めてもらう。そのために、待つことも必要」といった、普段の支援では忘れがちな視点を思い返すことができたようにも思いました。


『ゴールのない対話の中から生まれる、まさに「言霊」』だと思いました。

いや、だからこそ「対話の凄み」を私たちは理解すべきだと思いました。

こうやって毎回、私が記録を兼ねてブログに書いているのですが、この対話の会だけは、参加しなければ『理解できない』研修だと毎回感じるのです。


次回、対話の会は、4月に開催されますので、是非、ご参加ください。







さて、突然ですが、私たちの研修によく参加してくれた村上さんが、明日(ブログを上げる日は本日かな?)東北に転居するということで、お別れをしてきました。

短い期間でしたが、数々の武勇伝を残してくれた、いつあっても面白い人でしたが、東北に行っても、きっと周囲を楽しませてくれる存在になってくれると信じています。

ただ、調子に乗りすぎて、「福岡の人間はみんなあんな奴なのか?」とはいわれないようにだけおねがしますw


いろいろありましたが、本当にお疲れさま!

また、楽しく騒ぎましょう〜♪




今日は、いろんなことを考えるきっかけになったんですが、そろそろ本当に両親が亡くなるのではないかと不安になり、深夜に買ったばかりのハンディアイロンで喪服にアイロンかけてしまいました(笑)



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卒業式参加のために購入したけど、すごく軽くて簡単で良かったのでオススメ(笑)

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