第32回福岡筑紫地区就労支援事業所運営連絡会(通称:原点回帰の会)のご報告
今回のテーマは、「合理的配慮の義務化」についてのお話。
これまでは、行政機関等については、義務化されていた障害者に対する「合理的配慮」でしたが、令和6年4月1日から、企業等の団体にも義務化されることになりました。
そもそも論の話として、法律で定められなくても、障害を抱える方々への配慮は行なっていく必要があると思うのですが、なかなか進まない現状もあるのかと思います。
合理的配慮ということばだけでは、なかなかわかりにくい部分もあります。
「そもそも、どこまで配慮をする必要があるのか?」
「そもそも、そんなことまで求められても困るようなことがあるんじゃないか?」
レストランに入ろうとしたら、車椅子の方はお断りされたといったことで、トラブルに発展したというニュースを耳にすることもありますが、とはいえ、「お店の環境や、事前に連絡もなく急にこられてもスタッフがいないのに、対応することができない」といった理由もあるだろうし、そもそも、そうやって断ったことで、「差別を助長する企業」というレッテルを貼られることも、お店としては問題・・・
「しらない」「わからない」ことで、企業側にも漠然とした不安も、きっとあるのだと思います。
だからこそ、正しく情報収集を行い、お互いの状況を確認しあいながら、対話を重ねていく努力が求められています。
「合理的配慮は、強制されて行うものではない」という点では、誰もが一致したことだと思います。
同時に、障害者が求めることすべてを対応しなければならないものではなく、可能な限り受け入れていくために、対話を重ねていくことが重要なのだと思いました。
ハード面でのバリアフリーは、世界有数といわれている日本。
私たちに求められているのは「ソフト面」だと思うのです。
北欧の高福祉は、別に道路も施設も必ずしもバリアフリーではありません。
しかし、人々のメンタリティがバリアフリーなことによって成り立っているのです。
制度・施策に目を向けるだけではなく、人々のベースにある「人間として生きる上での当たり前」という人権意識を育むためには、個人的には学力重視といった「教育」を根本的に変えていかないといけないのではないかと思います。
「前例がありません」
「特別扱いできません」
「もし何かあったら…」
「○○○○障害のある人は…」
これらのことばは理由になりません。とパンフレットに記載されています。
行政や教育現場、そして、私たち福祉現場で働く者にとってブーメランにならないことを祈ります。
合理的配慮は、障害者に限ったことではないというご意見もありました。
例えば、ともに働く従業員に対しても。
障害者だからということではなく、合理的配慮を進めることによって、そこにいるすべての人たちが生きやすい社会になっていく。
まさにその理念こそが、合理的配慮のあるべき姿なのだろうなと改めて思ったのでした。
このような対話によって、みなさんのお住まいの地域が、誰にとっても住みやすい環境となるきっかけになればいいなと思います。
亀井さんご夫婦から、早めの誕生日プレゼントいただきました〜!
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